胞状奇胎の乗り越え方

こんにちはー!すみちゃんです!

 

今でこそ2児の母となった私ですが、長男を授かるまでは不妊治療を受けました。

そして、不妊治療の過程において、胞状奇胎という異常妊娠を経験しました。

 

そもそも胞状奇胎とは何ぞや

この「胞状奇胎(ほうじょうきたい)」という聞き馴染みのない異常妊娠。

これは、受精卵の異常によって発症します。

よって、妊娠の可能性がある人であれば、誰もが発症する可能性があり、予防も出来ません。

胞状奇胎を発症した場合、赤ちゃんは育たず、胎盤の組織が異常に増殖します。放ってお行くと、異常な組織がガンのように子宮組織内に侵入し、肺や脳の転移する場合もあるそうです。

 

私自身の体験記

胞状奇胎と診断されるまで

個人病院で妊娠判定

私は排卵誘発剤(クロミッド)を使用し、タイミング療法での不妊治療を行っていました。

 

基礎体温も計測していたため、普段よりも高温期が長引いていることは一目瞭然。

胸がいつも以上に張っている感じがしたり、トイレが近くなったりという妊娠初期症状もあり、

そして何よりも、妊娠検査薬(クリアブルー)で陽性反応!!

初めての陽性反応に、私、

踊ってました。(え、)

 

妊娠判定の日の病院受診をずっと楽しみにしており、期待で胸いっぱいの状態で受診しました。

 

女医さんに担当してもらっていたのですが、

「生理来ないんだってね!尿検査も反応してるよ~♪」と笑顔。

早速エコーを見てもらうことに。

あの、ぐるっと回ってパカっと開く椅子でエコー検査をしてもらったのですが…

 

「うーん…」 唸る先生。

ドキドキしっぱなしの私。

「まだ見えてこないねぇ~」

赤ちゃん確認できず。

基礎体温で言えば、この段階で妊娠5週のはず。

「5週だと見えない場合があるから、また6週に入ったら見てみよう!」

この段階では、私、完全に正常妊娠だと思って疑いもしていませんでした。

 

でも、結局、

6週の再受診の際にもエコーにはうつりませんでした。

 

エコーが終わり、診察室に入ると、先生は難しい顔。

卵胞チェック時のエコーと、基礎体温から、妊娠6週であることは間違いないこと。

尿検査で検出されたhcgというホルモンは、妊娠以外では出ないため、妊娠はしていること。

しかし、6週で子宮内に赤ちゃんが見えないので、子宮外妊娠か胞状奇胎という異常妊娠の可能性があること。

ここは小さな病院で対応が難しいため、近くの総合病院に紹介状を書くから、

総合病院から電話があったら受診すること。

 

私はここで「胞状奇胎」と言う単語を初めて聞いたので、何者なのか尋ねました。

 

先生「胞状奇胎っていうのは、異常妊娠で、がんになっちゃう可能性があるものです。でもhcg値からみると、胞状奇胎よりも子宮外妊娠の方が可能性が高いと思います。」

胞状奇胎では、hcg値が正常の妊娠時よりも高値になるそうですが、私のこの時のhcg値は正常妊娠の範囲内。

逆にhcg値が低ければ流産の可能性があるのですが、正常値だったので子宮外妊娠では、という話でした。

 

「え―――!!子宮外妊娠!?」

でも私、子宮内膜症だと言われたこともなければ、クラミジアになったこともない。

子宮外妊娠じゃないっしょー!!

うちの子はただマイペースなだけなんだ。きっと。

大丈夫大丈夫~~

 

何故だか私は根拠のない自信に溢れていました。

 

総合病院へ

正常妊娠を疑わなかった私。浮かれて、たまごクラブとかもう既に読んでました。お気楽なもんです。

でも、病院から電話があれば受診しなければならないので、職場の上司に報告。

上司は快く、

「何かあったら大変だから、仕事はかまわず受診を第一に優先すること!!」と言ってくれました。

その話が終わった直後、病院から電話が。

「え――、次の日ですやん!!はや~~」

電話は産婦人科の看護師さんからで、今から来れそうなら来て欲しいと。

まじか!!早!!てか、急!!!

子宮外妊娠だと、卵管が破裂して命に関わることがあるからすぐ診察したいんだそう。

上司に相談し、仕事はお休みにしてもらって、すぐ総合病院へ行きました。

採尿して、血圧測定して、体重測定して、婦人科の待合室で待つように言われました。

待合室はパーテーションで区切られていて、婦人科と産科が分かれていました。

そして私が待つように言われたのは、

産科ではなく、婦人科。

妊娠してるのに、私は産科じゃないんだ。

異常妊娠の可能性がある私は、産科じゃないんだ。

 

そんなことがショックでした。

 

そして、診察室に呼ばれました。

 

初回の診察

診察室の中にはイガグリっぽい頭の男性医師が。

その男性医師がとても丁寧に挨拶をしてくれました。

 

緊張した面持ちで入ったまま、ろくに挨拶もしていなかった私。

丁寧なあいさつにハッとして、「よろしくお願いします」とあいさつしました。

 

基礎体温票を見せ、最終月経やクロミッドを飲んだことなど簡単な問診。

「高温期が継続していますね。まず、お腹の中を診察させてもらいます。」

 

隣の部屋へ案内され、入るとカーテン。カーテンの奥に診察台。

扉に鍵をかけ、準備して診察台に乗ろうとしたのですが、

診察台がめっちゃレトロなタイプ!!

大きな総合病院に似合わない色あせた年代物。

 

乗り方が分からない!!!!

 

今まで乗った診察台はどれも椅子みたいなのに座って、自動で回転しながら上昇、足が開かれて、お尻に当たっていたマットが外れ、仰向けになるタイプの診察台だった。

 

が。

 

目の前にある診察台は既に平。

 

座るんじゃない…寝るのか…??

 

戸惑っていると、「ここに横になってください」と促されました。

誘導されるがまま仰向けになって、足を置く場所と思われる所に自ら足を開きながら乗る。

ちょっとハズい!!!!

 

そこへイガグリ先生がやってきて、診察台が上昇。

私のお腹あたりにカーテンがかかる高さまで上がったところで診察が始まりました。

逐一説明をしてくれながら、なかなか丁寧な診察。

なんだけど、

カーテンのこっち側にモニターない!!

困る!!エコーの画像が見たいんですけど!!

 

そう思っていると、イガグリ先生が説明を始めました。

「子宮内膜が厚くなっているのに、子宮内に赤ちゃんが見えませんね…

あ、一緒に見ます??」

一緒に見ます?って、モニター無いのにどうやって見るんだろう…と思いつつ

「見たいです」

と答えると、お腹あたりにひかれていたカーテンがシャッと開かれて、

まさかのイガグリ先生越しにモニターを見る羽目に!!!

 

なにこれめっちゃハズいやん!!!!

 

と思うけど、それよりもモニターを見る方が大事。

恥ずかしがってなどおれぬ。

 

イガグリ先生はモニターを指さしながら、

「これが子宮です。モヤモヤしてみえるのが、子宮内膜ですね。

本来なら、この中に赤ちゃんの姿が見えるはずなんですが、ここには見えません。

ただ、今のところ卵管にも赤ちゃんらしき姿が見えないので…」

と言いながら、差し込んでいるエコーの機械を左右へ動かして卵管の画像を見せてくれる。

卵管の画像はサッパリ分からなかったけど、話を聞く限りでは、今のところ子宮外妊娠で卵管が破裂することは無さそうだ。

 

「今は何とも言えませんね。尿検査の結果が出るまでしばらくお待ちいただけますか?」

と言われ、再び待合室へ。

テレビを見ながらボケーっと過ごし、眠くなってきた頃再び診察室へ呼ばれました。

 

尿検査の結果、hcg値は正常妊娠6週の値と同程度。

 

「胞状奇胎という異常妊娠であれば、hcg値がもっと高くなるはずですので、子宮外妊娠の可能性が高いと思います。

ただ、今はまだエコーに写っていないのでどこにいるか分かりません。

1週間後にまた診察に来てもらっていいですか?

それまでの間に出血があったり、腹痛があったらすぐに連絡してください。」

 

再診の予約を取ってこの日の診察は終わりました。

 

この頃、胞状奇胎の可能性は無いんだろうと思っていました。

ネットでも子宮外妊娠ばかり検索していました。

卵管に写っていなかったから、腹腔妊娠ってやつ?腹腔妊娠だったら、赤ちゃんが育つ可能性はあるんじゃないの??

とか

赤ちゃんがどこにいるかまだ分からないんだから、もしかしたら写ってないだけで、子宮の中にいるんじゃない!?

とか

とにかく信じられないくらいポジティブで。

 

Twitterで、妊娠12週で初めて胎嚢(赤ちゃんが入っている袋)が確認された例があるって教えてもらったりして、希望は捨てないぞ!と思ったり。

 

毎日何回もお腹を撫でて話しかけました。

負けないよ。 

って。

あなたがお腹に来てくれて、私とっても幸せだよ。 

って。

 

でもやっぱり不安も強くて、

卵管が破裂したらどうしよう… とお腹の状態に過敏になったり、

出血があるんじゃないかとトイレに行く度にヒヤヒヤしていました。

 

でもそれ以外はいつも通り。

仕事も普通に行っていました。

ただ、職場の人は私に色々気を使ってくれて、

力のいる仕事や、大変な仕事は率先して引き受けてくれたり、体力的に楽な仕事を回してくれたり。

とってもありがたいことでした。

 

友人の結婚式に参列

次の診察まであと3日。妊娠7週と少し経った頃、

前職場の友人の結婚式がありました。

新郎新婦は二人とも私の同期で、ずっと二人を見守ってきたし、そのとっても素敵な式に参列して良かったな☆

って今となっては思うんですが、

その時は気が気じゃなかったです。

 

だって、いつ卵管が破裂するかも分からないのに2時間かかる距離に遠出!!

結婚式の最中に卵管が破裂したらどうしよう!!と思いながらの参列。

 

気の置けない友達に、

もし私が腹痛で倒れたら、救急隊員に「医師から子宮外妊娠の可能性があると言われています」ということを伝えてね!

と言って保険をかける始末。

 

その上、私の周りはおめでた続き。

同じテーブルについた2人の妊婦。

仲の良かった先輩からの妊娠報告。

しかも3人とも私より後に結婚した人たち。

 

おめでたいことなんだけど、祝福すべきことなんだけど、

披露宴、私はちゃんと笑えていたかどうか分かりません…

大好きなお酒も飲まず、報われない禁酒をしていました。

余興もこなし、腹痛になることもなく披露宴は終了。

 

普段、お酒が大好きで、

誰よりも飲んでテンション高く騒いでいる私。

その私がお酒を一滴も飲まず、大人しくしている。

20人近くいる同期の誰もが、

「おかしい!あいつ、妊娠したんじゃ??」と思っていたと思います。

 

そして、二次会でその話題になりました。

 

本来なら、笑顔で

「やっと妊娠できたの!今7週で、最近わかったばっかりなんだよね~」

 

な――んて報告が出来たんでしょうが、

そんなものは出来ませんでしたよ。ケッ

 

「こんな大勢の前ではちょっと話しづらい内容なんだよ~。」とか、「ちょっと体調が悪くてお酒セーブしてるだけだよ~」

とか適当に言おうと思ったのですが、

勝手に私の妊娠説が飛び交い始めたので、もうどうでも良くなって

 

「妊娠7週のはずなんだけど、正常妊娠が確認出来てないの!!

子宮外妊娠かもしれないって!!」

 

と言ってしまいました~~

輪の中には妊婦もいたのにぃぃぃぃ

大人げない私!!

 

と、思ったら、もっと大人げない奴が!!

 

「俺の奥さんも第二子妊娠中~♪ 今13週だけどね!!」

 

その人はスンナリ第一子も授かり、SNSにほぼ毎回子どもの写真をアップし、その上第二子もスンナリ授かったよ~~

と報告してきたのです!

このタイミングで!!

 

本当に本当に本当にショックで…。

自分でも顔が引きつっているのが分かって、

まわりも一瞬沈黙…。

 

私は、なかなか授からなくて不妊治療してやっと授かったら正常妊娠じゃないって言われてるのに!!!!

 

その沈黙を破ってくれたのが、その場にいた妊婦の

「いや、今あんたの話聞いてないから。」

という一言でした。

 

悪夢の2次会を終え、ホテルに宿泊。

ホテルでは友達に散々愚痴を吐きました。

うんうんと聞いてくれた友達に心から感謝です。

 

2回目の診察

自宅に戻り、次の診察まで

仕事以外の時間はネットで検索ばかりしていました。

どうやら、卵管に着床している場合、妊娠7週~8週で破裂することが多いようです。

そして私は今妊娠7週…

ほんっとうに気が気ではありませんでした。

お腹のちょっとした変化に敏感になって

トイレへ行く度出血はないだろうかと恐れてびくびくしていました。

 

しかし、待てど暮らせど痛みは出現することなく、次の受診日を迎えました。

 

往生際の悪い私は、

卵管破裂もしてないし、もしからしたら今日子宮内に赤ちゃんが見えるんじゃ!?

とか淡い期待を抱いたの受診でした。

 

病院は大混雑。

採血と採尿をして散々待って診察室に呼ばれました。

 

基礎体温は高温期をキープ。

出血は無いか、痛みは無いか、つわりは無いか聞かれ、変わりない事を伝えました。

尿検査の結果は、hcg値がまた少し上がり、正常妊娠7週の範囲内の数値でした。

 

今日こそ赤ちゃんを見るぞ!!と意気込んで診察台へ。

何も言わずにエコーを撮るイガグリ先生。

な、長い…

そして痛い!!

エコーの機械が右へ左へ大きく動かされ、たまにグリッってなってめっちゃ痛い!!

痛くて力が入っていたのでしょう。

「ごめんね、もうすこし頑張って!力抜いててね!」

そう言われ、子宮内に赤ちゃんがいない事が暗に分かりました。

 

ものすごい絶望感。

今日こそ見れると思ったのに…

 

ただただ苦痛な内診が終わり、再度診察室へ移動しました。

イガグリ先生が少し困ったような顔で話し始めます。

「内診の結果ですが、僕のエコーでは赤ちゃんは見えませんでした。しかし、このhcg値からすると、あかちゃんはどこかにいて、まだ生きています。でも、正常妊娠である可能性は、ほとんどないでしょう。」

 

その言葉を聞いた瞬間、本当に泣き出してしまいたい気持ちになりました。

でもここは診察室。

涙をぐっとこらえ、必死に耐えました。

他にも何か言われたかもしれませんが、よく覚えていません。

 

また1週間後に受診となった私。

次回の予約を取り、車に乗り込んだ瞬間、

我慢していた涙が堰を切ったように溢れ出しました。

しばらく涙が止まらなくて、ただただ一人、運転席で声を上げて泣きました。

 

 

次の診察まで

車のなかでわんわん泣いて、

イガグリ先生が言った言葉が頭の中をぐるぐる…

 

「正常妊娠の可能性はほとんどないでしょう。」

 

私はこの子を産んであげられないのだろうか。

 

SNSでは、妊娠9週で初めて赤ちゃんが見えた人がいた。
12週だったって人もいた。

今私は妊娠7週。まだ、次見えるかもしれない。

 

イガグリ先生はこうも言った。

 

「赤ちゃんはお腹の中のどこかで生きています」

 

今一番つらいのは私じゃ無くない?

お腹の中の赤ちゃんが、苦しみながら一生懸命生きているのに、母親である私がメソメソしてちゃダメじゃん!!

 

そう思ったらだんだん涙は止まり、何とか運転して家まで帰りました。

 

もともとこの日は出勤日だったため、受診が終わったら出勤する予定だったのですが、とても仕事が出来るような精神状態ではありませんでした。

「正常妊娠の可能性が低いといわれ、とてもまともに仕事が出来る状態ではないので、申し訳ないですが、仕事が問題なければ今日は休ませてもらえませんか?」

と上司にLINEしました。

 

上司は

「お休みしてください!大丈夫ですか?辛いでしょうから、しばらくお休みしてもかまいませんよ!!」

と言ってくれました。

 

もともと、職場のその上司はとても理解があり、何かあったら体を優先させて、構わず休みなさいと言ってくれていました。

同僚も「仕事は何とでもなるんだから、体が一番大事!無理しないように!!」
と言って、辛い仕事を積極的に変わってくれたりしていました。

 

だから今日の急遽の休みも連絡出来たのだと思います。

職場の人達に恵まれたことのありがたみを、身に染みて感じました。

 

「今後、オペになる可能性も考えると、長期の休みをもらう可能性もあるので、出勤できるうちは出勤します。

今日休んで気持ちを入れ替えたら、また明日から仕事に行きます。ありがとうございます」

と返信しました。

 

受診の結果を夫に連絡し、ぼーっと過ごす…

気持ちは、ポジティブになったりネガティブになったり、ゆらゆら。

 

いつもは8時過ぎにしか帰ってこない夫も、6時過ぎには帰って来ました。

「大丈夫?」と言って抱きしめてくれる。

私はこの人の子どもを産みたい。

 

次の日、いつも通り仕事に出勤。

仕事が始まる前にトイレへ行くと、出血が!!

 

うそ!?出血してる!!!!

わずかな出血。

頭の中は真っ白。

ヤバイ。子宮外妊娠だったら、卵管破裂する前兆!?

 

震える手でスマホを握り、病院に電話。

どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう。昨日の時点で卵管に何も見えてなかったのに、なんで!?

 

婦人科外来に電話を繋いでもらい、ナースが応対してくれる。

出血量や血液の色、腹痛の様子などを聞かれる。

出血はトイレでティッシュにつく程度の少量。

色はピンク

腹痛はなし。

 

「医師に確認します」

と言って電話は保留に。

 

ドキドキして落ち着かない。

もう、仕事どころではなかった。

 

しばらくしてナースがまた話し出す。

「医師に確認したら、今の段階で緊急の受診の必要はないようです。これ以上出血が増えたり、腹痛が出現したらまた連絡してください」

 

完全に拍子抜け。

大丈夫なんか!?

受診しなくていいってことは、大丈夫ってことだよね??

結局、出血量は増える事無く、仕事もこなして帰宅出来ました。

 

3回目の診察

妊娠8週にあたるこのころの症状は、

少量の出血

体温は普段より0.1℃程高めの高温期が継続

疲れやすい

軽い胸やけ

胸が張る

腹痛は無し

こんな程度でした。

 

結局出血量は増えず、出たり止まったりで1週間が経過。

 

現在妊娠8週。

受診日です。

 

尿検査と血液検査をして、しばらく待ったらイガグリ先生の問診から。

 

イ「高温期が継続していますね。出血があったとのことですが」

私「はい。おりものシートに着く程度の少量の出血が出たり止まったりしています。今も少し出血しています」

イ「お腹に痛みはないですか?」

私「ありません」

イ「つわりはどうですか?」

私「少し強くなっています。胸やけする程度ですが。」

イ「そうですか。では、また内診させてください」

 

隣の部屋の診察台へ。

すっかり慣れてしまったこの内診台。

でも相変わらずドキドキです。

 

またエコーが左右に大きく動いて長い。

 

あ~、今日もまた赤ちゃんが見えないんだな。

ほんと…どうして…??

 

そう思っているうちに内診は終了。

廊下で待っていると、診察室の中から、イガグリ先生が誰かと相談する声が。

なんだか…嫌な予感する…

自分のお腹に手を当てて、先週先生に言われた言葉を思い出す。

「赤ちゃんはどこかで生きています」

私はママなんだから!!負けない!!頑張らなきゃ!

 

しばらく廊下で待っていると、診察室に呼ばれました。

イ「今日も、エコーでは赤ちゃんらしい姿が見えませんでした。hcg値もまた上がってまして…

今の状態で、正常妊娠の可能性は無いでしょう。

子宮外妊娠と、胞状奇胎の可能性があります。

胞状奇胎とは、異常な内膜が増殖して、その内膜からhcgが分泌されるもの。

胞状奇胎であった場合、転移する可能性があるため、早めに子宮内膜を掻き出す手術が必要です。

今、子宮外妊娠のような影がエコーでは見えないから、胞状奇胎と仮定して対応した方が良いと考えます。

子宮内膜を掻き出してみて、その後hcg値が下がれば胞状奇胎。下がらなければ子宮外妊娠と断定出来ます。」

 

この説明を聞いた途端、頭の中が真っ白。

 

え?

だって、先週「赤ちゃんは生きてる」って言ってたじゃん。

急に胞状奇胎って言われても、良く分かんないよ。

 

判断できず、涙をぐっとこらえて、

「決断出来ません…」

という声を絞り出しました。

 

イガグリ先生は少し困った顔をして、しばらく考えてから話出しました。

「もし胞状奇胎だった場合、浸潤して肺や脳に転移する可能性があります。出来るだけ早く対応した方がいいんですよ。」

 

言葉を選んで、でも諭すような言い方でした。

 

私「調べてたら、12週で初めて胎嚢が見えたっていう話を聞いて…」

イ「その人は、前回の月経から数えて12週であったというだけで、排卵が遅れたんだと思います。すみさんの場合、基礎体温もしっかりつけていてくれますから、排卵日から数えて妊娠8週で間違いないでしょう。それに、hcg値である程度赤ちゃんの大きさが分かります。すみさんの場合、hcg値がこれだけ高くなっていますから、本来子宮内にいたら確実に見えるはずなんです」

私「……」

イ「もう一週間様子をみてもいいですが…

その間に浸潤・転移する可能性もあると考えると、早めの方がいいでしょう。」

 

最後の望みも絶たれてしまった…

 

私「はい…分かりました。お願いします。」

涙をこらえ、返事をしました。

 

イ「胞状奇胎になる人は、ほとんどの場合が妊娠を望む人なので…本当に辛いと思います。

それでは、手術の同意書を作成しますので、また廊下でお待ちいただいてもいいですか?」

 

廊下では、ひたすら涙をこらえていました。

泣いてたまるか。

 

手術の説明

胞状奇胎と仮定して治療すると決まり、廊下で待っていました。

 

今にも涙が出そうな状態。

でも、絶対に泣きたくない。

必死で必死で涙をこらえていました。

 

しばらくすると、診察室に入るように声を掛けられました。

イガグリ先生がペランと出した紙。

その一番上には

「流産手術に関する同意書」

みたいなことが書いてありました。

 

イ「胞状奇胎除去術は、流産の時と同様に、子宮の内容物を掻き出す手術です。この手術の時に掻き出された内容物を検査することと、手術の後、尿と血液からhcg値を検査します。手術の後でhcg値が下がれば胞状奇胎であったと判断出来ます。

胞状奇胎であった場合は、念のため二度、同じ手術をすることになります。

手術後hcg値が下がらなければ、子宮外妊娠で赤ちゃんがどこかに残っているということなので、再検査・治療になります」

 

その他にもいろいろ言われましたが、あまり覚えていません…

 

手術の日程は3日後。

3日したら、もう生きていないと思われるお腹の中の子と、さようならなんだ…

 

手術の説明の後、日帰り入院の説明があるため、他の部屋に行くように言われました。

入院の説明は、初対面の看護師さんがしてくれました。

私は涙目で、ずーっと涙をこらえていました。

今日はマスクをしてきたから、それだけが救いでした。

 

部屋に入ると看護師さんが、

「大丈夫? 今説明してもいい? もう少し後でもいいんだよ?」

と気を使ってくれましたが、涙が出る前にさっさと帰りたいと思ったのでそのまま説明を受けました。

 

当日来院する時間や持ち物、ノーメイクで来ること、マニキュアもはがしてくること。

等々、あまり覚えていませんが説明がありました。

また、入院・手術には保証人が必要であると言われました。

別世帯の誰かのサインを、オペ日までに貰ってこいと。

 

なんとか涙がこぼれることなく説明を聞き終わり、

最後に採血を受けてから帰りました。

 

体中に鉛がへばりついているかのように重い…

こころも、鉛のようにずっしりしていて、動くことを拒否しているかのうよう…

 

重たい足取りで車まで辿り着き、

車の中で一人。

また、

思いっきり泣きました。

 

胞状奇胎除去術まで

車でわんわん泣いた後、

ぼーっとした頭を持ち上げてハンドルを握り、家まで帰りました。

 

まず、仕事中の夫に連絡。

LINEで連絡しました。

胞状奇胎の可能性が高い事、3日後に手術になったこと、保証人が必要なこと。

 

次は職場に連絡。

今日は午後から出勤予定だし

今後のことも相談しないと。

 

上司に、胞状奇胎という異常妊娠の可能性が高く、手術が必要なこと、仕事を休ませてもらわないといけないことを連絡しました。

オペ日前日までは仕事もしようかと思ったのですが、

「精神的に辛いなら、今日からお休みにしたっていいんだよ」

と言っていただき、その言葉に甘えることにしました。

 

とてもこんな泣きはらした顔で人前に出て仕事なんて出来ない。

上司の気遣いがとても暖かかったです。

 

その後、家のソファに寝ころび、泣いてはぼーっとする事の繰り返しでした。

 

あ、母親にも連絡しないとな。

メールで簡単に書いて送信しました。

すると、母から電話が。

涙をこらえる事が出来ず、泣きながら話す私の話を「そうかそうか」と聞いてくれました。

「お父さんには私から言っておくから。あと、手術の日、仕事休めたら行くから!」

と言って電話が切れました。

 

夕方になると、大分涙も止まり、落ち着いてきました。

18時。

いつもは20時過ぎに帰ってくる夫が帰宅。

泣きはらした顔の私を見て、悲しそうな顔をしながら優しく抱きしめてくれました。

この人の子どもを産みたかったな。

また少し涙が溜まり、視界が歪んで見えました。

 

でも、立ち止まってばかりもいられない!

オペに必要な保証人のサインをもらうため、今から義実家に行くことに。

義実家へは、高速を使って1時間程。

夫が、今から行く旨を電話し、車に乗り込みました。

 

「私、泣いちゃって説明できる自信ない」

「説明は俺がするよ」

 

重たかった心が少しだけ軽くなりました。

 

義実家に着き、優しく迎え入れてもらったのですが、

義両親が泣きはらした私の顔を見て、真剣な顔になりました。

 

4人でテーブルを囲んで座り、夫がゆっくり話始めました。

「すみちゃんが妊娠して、病院に行ったんだけど、正常な妊娠じゃないらしい。子宮外妊娠か、胞状奇胎っていう異常妊娠のどっちかなんだけど、胞状奇胎の可能性が高いみたい。

胞状奇胎だと、赤ちゃんは育たなくて、ほっとくと母体がガンになっちゃうから、手術が必要なんだよね。

今週の金曜日にその手術を受けることになったから、手術の保証人になってほしい。」

 

説明してくれている間、ずっと涙をこらえてうつむいていました。

義両親は、何も言わずに真剣に聞いてくれました。

 

説明が終わって、お義父さんが

「そうか。それはしっかり手術してもらわないかんな。お前(お義母さん)は金曜日仕事休めるか?俺は休めないから、付き添ってやって」

そういって、お義母さんもオペ日に来ることを即決してくれました。

お義父さんがサインしてくれている間、お義母さんから

「もし子宮外妊娠だったら、赤ちゃんを移動させて産めるの?」

と聞かれ、

「もう、子宮外妊娠でも、諦めるしかないみたいです。どっちにしろ、ダメだって…」

と答えると、また涙があふれてきてしまいました。

それを、義両親はただ心配そうに見ていてくれました。

2人とも、きっとずっと初孫を待ち遠しくしていたんだろうけど、子どもを急かすようなことは一切言わなかった義両親。

今回の異常妊娠も、私を責めるようなことは一切なく、ただただ心配してくれました。

 

そんな義両親のお陰で、涙も止まり、少しずつ前向きな気持ちが生まれてきました。

 

早く手術して、妊娠出来る健康な体に戻さなきゃ!!

うじうじしてたって、なっちゃったもんはしょうがない!!!

 

自分でも驚くほど前向きになって、その後涙が出る事はありませんでした。

 

胞状奇胎除去術

1度目のオペ

義実家に行って以来、気持ちがすっかり軽くなり、前向きになれた私。

オペ日である金曜日も、明るく病院に入ることが出来ました。

 

本人はそんな風にケロっとしているのに、

心配して車で3時間かかる遠方から両親が来てくれて(母だけでなく父も来た)

義母も来てくれて、

夫も仕事休んで付き添ってくれて、

結果、大人数。

 

入院説明時、朝8時半に病院へ来るように言われていました。

受付で書類を提出し、婦人科と産婦人科のある病棟へエレベーターで上がりました。

ナースステーションで看護師さんに声をかけると、

「こちらです」

と病室に案内されました。

 

廊下の途中には新生児室。

部屋の真ん前には分娩室

私の病室は、分娩の前室のようなところ(LDR)

 

それを見たときは流石に

「あ―――、ここは子どもを産むために来たかったあぁぁこんな事で来るとは思わなかった…」

と思いましたが、私も付き添っていた人も何も言いませんでした。

 

もし、これまだ気持ちが沈んでたら泣いてたなぁぁぁ

ネットでは胞状奇胎除去術を泣きながら受ける人がいるって聞いたけど、気持ち分かるなぁぁぁ

と思ったりしました。

 

病室に入ると、別に体調はどこも悪くないけど、付き添ってくれた人たちでソファもいっぱいだし

必然的に私はベッドへ。

 

寝てればいいのか座ってればいいのかソワソワしていると、本日担当だという看護師さんが挨拶にきてくれました。

何を着ればいいのか分からなかったので病衣を借りたい旨を伝えたところ、すぐに持って来てくれたので着替えました。

鏡に映った自分の姿は、

まるっきり病人!!

着替えをしただけなのに、体が弱くなった気がしてしまうほどでした。

 

時刻は8時半過ぎ。

イガグリ先生が出勤してきた様子。

診察室へ呼ばれました。

 

まずは内診。

病棟の診察室にも、あの足パッカーン椅子がありました。当たり前か!

 

内診にはイガグリ先生以外に、もう一人女子さんが来てくれて、2人で確認してくれました。

そして内診は終了。

椅子に座って、説明を受けました。

 

「今2人の医師の目で確認しましたが、やはり赤ちゃんの姿は見られませんでいた。子宮外妊娠と、胞状奇胎の二つの可能性がありますが、子宮外にも赤ちゃんの姿は見えませんので、胞状奇胎として対応した方が良いと思います。

子宮の内膜を掻き出す手術をしますが、いいですか?」

 

この説明、丁寧に何度もしてくれるもんなんだなー。

 

私「はい」

イ「では、一度病室に戻ってもらって、またあとで診察室へお呼びします

そこで、子宮口を広げる棒のようなものを入れさせてもらいます。その後時間をおいて、昼過ぎ頃に胞状奇胎除去術をします」

私「わかりました」

そう言って、いったん病室へ戻りました。

 

オペの最終判断がくだったので、病室にもどり、書類にサインをしてしばらくすると、再度診察室に呼ばれました。

診察室に入り、子宮口を広げる処置をしてもらうため、準備したら回転する椅子に。

 

イ「ちょっとチクッとしますよ~」

 

チクっ

 

お!?おもったほど痛くない!!

 

イ「あい、終わりました。棒が入っていて、時間と共に膨らんでいって子宮口を広げます。痛かったら痛み止めを出しますが

どうしますか?」

ん~、違和感はあるが、痛い程ではない。

私「今のところは大丈夫そうです!」

イ「では、また痛かったら言ってください。病室に戻っていただいていいですよ。」

 

出血するそうなのでナプキンをつけて病室へ。

歩いている間もなんだか違和感~~~

 

病室に戻って、またしばらくすると、看護師さんが点滴を持って入ってきました。

点滴って、初めて。

慣れた手つきで点滴針をいれていただき、テレビをいたりおしゃべりをしたりしていると、

 

なんか…重痛い…

お腹がだんだん痛くなってきた!!

生理の時のような、重た~い、痛~い感じ。

初めは無駄にうずくまって我慢していたのですが、

11時頃、我慢していたも仕方ない。と気づき、痛み止めを痛み止めをもらいました。

ロキソニンだったかな?

飲んで少ししたら、あの痛みは何だったんだろう?というほど楽になって、

こんなことならさっさと痛み止め貰えばよかった…

 

看護師さんが、お昼12時か13時くらいに手術しますから~と言っていたので、

12時前にトイレを済ませておきました。

 

12時半頃、看護師さんが二人。

ガラガラとキャスター付きのモニターやオペ道具を持って病室に入ってきました。

 

「ここで手術するので、ご家族の方は外の椅子でお待ちください」

そう言われてぞろぞろと出て行ってしまいました。

てか、私のオペを心配してきたはずの両親と義母と夫は楽しくおしゃべりして過ごし、

時間になったら笑顔で、

「じゃ、頑張ってね~」

みたいな軽~い感じで出て行きましたよ。

お気楽か!

まぁ、おかげでこっちも緊張感無く過ごせましたが。

 

皆が出て行き、代わりにイガグリ先生が入ってきました。

 

うぉ~、ここでオペするんだ~。

 

ここはLDR室。

分娩も出来るようになっていることは気付いていました。

ベッドも、分娩台のような形に変形できるようになっているものでした。

その上にシーツがかけてあるだけ。みたいな。

足元の天井にはこっち向いたライトが付いていたし、

まさかとは思っていたけど、やっぱここでオペするんかーい!!

と思っても、もうオペの準備は着々と進んでいる。

 

変えのショーツと夜用ナプキンを看護師さんに渡してベッドへ。

 

モニターに繋がれた心電図やら、血圧計やら、血中の酸素を計る機械やらをつけていただきました。

その間にイガグリ先生も、オペ用のガウンを着て準備。

看護師さんに下半身の着衣を脱がせていただき、変形したベッドの足置きに足をセット。

天井足元側のライトが付けられ、オマタが明るく照らされております!!

 

「じゃぁ、始めますね~。麻酔をいれてください」

そうイガ先生が言うと、看護師さんが点滴の途中の連結部分から麻酔を投下!!

 

酸素マスクも付けていただき、ついに、始まります!!

 

私のネット調べによると、

胞状奇胎除去術は、寝てる間に終わると。

「起きてください」と言われて気付いたら終わってた。的な。

痛みも無い人がほとんど。

あったとしても、子宮口を広げる棒を入れる時の方が痛いとのこと。

 

おー、余裕やないか!!

いよいよ麻酔で寝る時間~~~

(-_-)

(-_-)

(-ω-)

(-“-)

(*_*)

(‘;’)

(;’∀’)

 

あーれぇぇ???

 

麻酔全部入ったみたいだけど、

少しボーっとするだけで、

全く寝れそうにない!!!!

あれ!?なんで!?なんでなんで!?

 

と思っている間に、オペ開始された模様。

と、同時に、

ものすごい激痛!!!!

 

今までの人生の中で感じたことのない痛み!!

子宮の中身がえぐられてるわけですから、なんとも表現しがたい痛み!!

息が上がり、顔をしかめている私を見兼ねた看護師さんが、私の肩らへんを撫でて痛みが紛れるようにしてくれている。

けど、全然効果なく、めっちゃくそ痛い!!

我慢できなくて、撫でてくれてた手を掴んで思いっきり握る!!!!

看護師さんも心配して、

「先生、かなり痛そうです」

と言ってくれるものの、もうオペは始まっている。

「ごめんねー。ちょっと頑張ってねー」

と言われただけで、オペは続行。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

ず―――っと痛い!!!

聞いてた話と全然ちゃうやんけー!!!!

 

オペ中は、ただただ看護師さんの手を握らせていただいて耐えていました。

 

そしてオペは終了。

 

兎に角、痛かった。

感想、それだけ。

 

下半身の服を着せていただき

変形していたベッドも戻してもらって、終了。

 

痛すぎて、燃え尽きて灰になりました。

 

その後も、眠れるわけではないけど、麻酔は効いてるらしく、呼吸は浅くなっているらしい。

酸素マスクをしていてください。と言われ

酸素マスクをしながら、麻酔が切れるまで本を読む。

まじ、何のための麻酔なん。いい事一個もないやんけ!!

 

オペが終わり、元気そう(?)な私の姿を見届けたら、遠方の両親は帰って行きました。

 

が、3時過ぎ

お、おぉぉぉぉ、おしっこしたい!!!!

トイレ!トイレ行かせてくれ!

酸素マスクは2時頃取ったし、トイレ行きたい旨を看護師さんに伝えると、

 

ざわつく看護師。

 

「まだ麻酔が効いていると思うので、動くのは危険です!導尿しますか!?!?」

 

え!!導尿!?

尿管に管入れるやつ!?

「恥ずかしすぎるので、導入するくらいなら我慢します!!」

 

そう答えると、立ち去って行った看護師さんがまた戻ってきて、

「ポータブルトイレを持ってくるので、ベッド横で、どうですか!?」

 

え!!トイレじゃない場所でって出るもんも出そうにないので、それだったら我慢します!!!!

 

わーーん、私、めっちゃ面倒な患者じゃーん!!

12時前にちゃんとトイレ済ませたのにぃぃぃ!!

 

結局、車いすを持って来てもらって、車いすでトイレに行きました。

乗り移りもふらつき無く大丈夫でございました。

 

4時頃、今度は診察室に呼ばれて行きました。

その頃にはもうスタスタ歩けるようになっていたので、歩いて診察室へ。

 

イ「胞状奇胎の場合、取り出した内容物を見てすぐ胞状奇胎と分かる場合があるのですが、今回は肉眼での見た目に異常はなかったので、やはりすぐ胞状奇胎と断定できません。

火曜日に外来受診にきてください。そこで血液と尿の検査を行います。

また、今回取り出した子宮内膜を病理検査に回しておきますので、その検査結果次第で子宮外妊娠か胞状奇胎か判断出来ると思います。

また、今日からしばらくの間、血の塊のようなものが出る可能性があります。小さいものであれば問題ありませんが、あまりに大きいものが出てきた場合は連絡して持って来てください。また、ナプキンに収まらないほどの大量の出血があった場合も連絡をしてください。」

 

そこで出血を押さえる薬・抗生剤・子宮の収縮を助ける薬を貰って、

イ「もう帰って大丈夫ですよ」

と言われて長い一日が終わりました。

 

オペ後の受診

オペ後から3日程、生理4日~5日目くらいの少量の出血がありましたが、血の塊のようなものは全くありませんでした。

 

そして迎えた火曜日。

出血も止まっており、体調、特に変化なし。

いつも通り総合病院の婦人科へ行き、尿と血液を採って待合室で待機。

結構待ったところで、やっと診察室に呼ばれました。

 

イ「体調はどうですか?」

私「良いです。腹痛もありませんし、出血も止まりました。血の塊も出ませんでした。」

イ「子宮の内容物を検査した結果はまだ出ていませんが、尿検査・血液検査とも、hcg値がガクンと下がりました。

よって、胞状奇胎だと判断します。

胞状奇胎の場合、取り残しがあると転移のリスクがありますので、もう一度同じ手術を受けていただきます。」

私「分かりました…

前回、めっちゃくちゃ痛かったんですけど、2回目も痛いですよね…?」

イ「とても痛そうでしたもんね…では、麻酔の量を増やして行いましょう」

 

ふぅ~、今度こそ寝てられる~~

 

といことで、またしても金曜日(1回目のオペから1週間の日)に、同様の手術を受けることになりました。

 

2回目のオペ

何でも2回目は楽です。

 

2回目は、義母が10時頃来て付き添ってくれるとのことで、タクシーで一人で病院へ。

1週間前に来た道をたどって、同じ病室へ通されました。

病衣は借りず、今回は家からジャージを持ってきました。

しばらく待っていると、診察室に呼ばれ、内診と子宮口を開く処置。

イ「チクっとしますよ~」

1週間前に同じ処置をして、あまり痛く無かったので何にも身構えていなかったところに、

結構痛い!!

何!同じ処置でもその日のコンディションによって痛みが違うの!?!?

1回目の時の3倍くらい痛かった!!!!

 

今回は痛み止めを早々と貰って病室で待機。

義母も来てくれて、病室でまったりとしておりました。

 

あっという間にオペの時間に。

またしても同じ部屋でのオペです。

イ「今日は前回の倍の量の麻酔を入れますので、前回よりもしっかりと効くと思いますよ。」

点滴から麻酔を入れてもらい、もうあとは寝るだけ…

なんだか、喉がスーっとしてきた…

私「先生、喉がスーッとするんですけど…」

イ「そういう麻酔なんですよ。寝てくださいね~」

私「…」

(-_-)

(-_-)

(-ω-)

(;´Д`)

 

どないなっとんねん!!

また寝られへん!!!!

 

結局寝られないままオペ開始。

また痛い~~~

 

前回よりは麻酔が効いているのか、痛みは半分くらいで頭ボーっとする。

けど痛い!!

またしても看護師さんの手をギュッと握って耐える…

 

おーわーた―――

 

私「先生、子宮の内容物って、見せて貰えたりするんですか?」

単純に興味があって聞いたら、

イ「あ、見ます?これですよ!」

屋台で金魚すくいしのような、ビニール袋に水が入ってて、(金魚すくいのより大分おおきいけど)そこにプカプカと浮かぶ赤い物体を見せてもらいました。

見てもなにがなんだか分からなかった…

 

今回はしっかりと麻酔が入っていたので、その後1時間ほどグーグーと寝ました。

またしても薬を数種類もらっておしまい。

お義母さんに家まで送ってもらい、オペは終了でした。

 

経過観察

オペの翌週、またしても受診に行きました。

hcg値はすっかり下がっており、子宮内の状態も良いとのこと。

 

イ「今後のことですが、転移していた場合、hcg値が上がってきます。

半年は避妊をして、hcg値が上がってこないか、1か月の一度診察で経過観察します。もし転移があった場合、抗がん剤のような薬での治療となります。

半年間hcg値が低い状態であれば、また不妊治療を再開していただいてかまいませんが、半年間は必ず避妊してください。」

 

やっぱりかぁぁぁぁ。

ネットで調べるとそう書いてあったけど、実際に言われると凹む…

 

半年間、もう、旅行やら趣味やら、やりたいことをたくさんして過ごしました。

1か月の1度受診し、hcg値も低値。

 

そして、胞状奇胎から7か月の年明けの受診で、

私「そろそろ妊活を初めてもいいですか?」

と自ら聞き、許可をもらって不妊治療を再開しました。

 

不妊治療をしながらも、3か月に1度は胞状奇胎の経過観察のために受診するよう言われ、民間の医療保険の加入条件は満たせないし、

転移はしていなかったものの、胞状奇胎には長きにわたって煩わされました。

 

胞状奇胎を経験したことによる心の変化

私は胞状奇胎になるまで、

「妊娠したくても出来ない自分はなんて不幸なんだ」と思って過ごしていました。

まわりの皆が次々に妊娠していく中、いつまでたっても妊娠できない私。

子どもに対する虐待のニュースを目にするたび、「何故こんなくそみたいな人間が親になれて、自分は親に慣れないんだ」と嘆き、

子どもに対する愚痴をこぼす人の言葉を聞いては、憤りを感じ、

口を開けば不妊の愚痴ばかり。

私の世界は、不妊による不幸で埋め尽くされていました。

 

そんな時に発覚した、妊娠・そして胞状奇胎。

はじめは、「何で自分ばかりが」と思いました。

 

私が何をしたって言うの。

どうして私は子どもが産めないの。

神様なんてこの世に存在しない。

 

しかし、胞状奇胎になったことで、今まで見えていなかったことが見えてきました。

 

私には、仕事よりも体を大切なんだから休みなさいと言ってくれる上司がいる。

私が休むせいで仕事が大変になるのに、「気にするな」と、率先して仕事をフォローしてくれる同僚がいる。

異常妊娠だったと嘆く私の話を、わざわざ聞きにかけつけてくれる友人がいる。

孫を心待ちにしていたはずなのに、私を責めるどころか心から心配してくれる義両親がいる。

遠方から私のために車を走らせてオペに付き添ってくれる両親がいる。

そして、「子どもがいなくても、私がいればいい」と言ってくれる夫がいる。

 

私は、今のままでも十分すぎるくらい幸せだったんだ。

 

それなのに私は、不妊というたった一つの不幸のせいで、たくさんの幸せに気付いていなかった。

まわりに感謝する気持ちも忘れて、自分の不幸ばかり嘆く大バカ者だった。

 

そう気づいたら、世界は一変しました。

 

結局、幸も不幸も自分の心持一つなのかもしれません。

 

 

 

この記事を読んでいる方の中には、今胞状奇胎で苦しんでいる方もいるかもしれません。

どうか、皆さんの気持ちが少しでも軽くなりますように。

こころから祈っております。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました(*‘∀‘)

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