激動の時代を楽しく生きた人

こんにちはー!すみちゃんです!

今日はいつもの育児ブログをちょいとお休みいたしまして、私の母方の祖父のお話です。

私の祖父は戦時中、予科練に入っておりました。

戦時中の予科練と言えば、特攻に行く予定の人が入るところで

つまり、これから自ら死にに行くことが決まっている。みたいな。

戦争がもう少し伸びていたら祖父は生きていなかったわけで、

つまり私も産まれていなかったわけで、

その話を聞くと、30代の私なんか感傷的になるというか、

「大変だったんだねぇ…」と思うところなのですが

当の祖父本人は

「いやぁ~予科練は食べ物がない時代にカニが出て来たりしてな、

こぉ~んなにたくさんカニ食べて、

良かったよぉ~」

なんていう、楽観的な人間。

いうなれば、幸せの天才でございます。

去年1年間、入院している期間が長かった祖父。

社交的な祖父は、隣のベッドの人と仲良しになりまして。

そのお隣さんは祖父に

「あなたのおかげで辛い入院生活が楽しくなりました!」

と言って退院していったそうです。

そんな祖父。

病床でボケ――――っとしていられるような人ではございせんで、

お世話になった方にお手紙を書きまくっていたそうです。

祖父は常日頃、

「私の人生はに恵まれた人生だった。

いい出会いばかりでありがたかった」

と言っていたので、きっとみんなに感謝の手紙を書いていたのだろうと思います。

私のもとにもハガキが届きました。

米寿のお祝いをしたことへの感謝の手紙でした。

細かい字でハガキにビッシリと文字が書いてあり、

80代のじいさんが書く文字じゃない!!!!

と、若者の私(そう若くも無いけど)はびっくりしました。

また、ハガキの最後には、自分の命がそう長くないことに触れ、

「残りの与えられた人生を全うするべく、励んでまいる所存であります。」

と書かれていました。

筆まめな祖父は、手紙だけにはとどまりません。

祖父、

病院のベッドで小説を執筆。

祖父の住む土地の歴史など、祖父が伝えたいことを込めた小説でした。

その小説が、なんと、

市の文化祭で入賞!!

病院から外出許可をもらい、

車いすで表彰式にも参加いたしておりました。

入院してもただでは起きない男。我が祖父。

そんな祖父も病気には勝てません。

12月中旬に、「もう年内いっぱいもたないかもしれない」と余命宣告を受けました。(詳しくはこちら

とはいえ、本人はまだ喋れるし、車いすであれば座っていられるしという状態。

最後に家に帰りたい!!との本人の強い希望で、点滴をぶら下げながら自宅へ外出。

そこで、

なんと!!

書道!!!!(しかも立って書いてた)

何を書いたかというと、

なんと!!!!

自分の法名(死んだあとの名前)

法名、4枚も書いたらしい。

自分が死んだあとの法名掛け軸を自分で書く。

どんな爺さんだよ。

その話を聞いて私は思った。

本当にあと2週間で死ぬんか?(失礼)

お医者さん、間違ってるんじゃないの??

そう。

祖父は、見事に回復。

私と息子たちも、お正月に会いに行くことが出来、

持って行った長野のリンゴを喜んで食べてくれました。

体調も安定し、2月になったら退院する予定

だった。

だったんですが、

容態が急変。

先日、静かに他界しました。

葬儀に参列して、またもやびっくり。

自分の葬式の段取りまで

書き残していたそうで( ゚Д゚)

じいさんの執筆した通りに段取りをして、葬儀をしたそうです。

私や私の兄弟は遠方に住んでいるので

「遠方に住む者は無理に参列しなくても良い」

的なことまで書き残されていたようで…

本当に最後まで、祖父は祖父らしい。

自分の死を自然に受け入れている姿がとても不思議で、神々しいというか何というか…

私もあと50年したら、そんな風に思えるのだろうか。

もう祖父に会って話すことは出来ないので、それはとても寂しく、悲しいけれど

あの世というものがもしあるならば

祖父ならきっと楽しく過ごしていることでしょう。

私も、おじいちゃんのポジティブな人生観を見習って

前を向いて生きていきます。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました(*‘∀‘)

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